ボサノバシンガー 田坂香良子 -KAYOKO TASAKA-

コラム

美学

六本木に、もう何年も通っている和食屋さんがあります。
この間、何ヶ月かぶりに行って、マスターと懐かしげにいろいろ話してたら、なんと彼は癌になってしまったとのこと・・・

「ずっと入院してて、今日はひさしぶりに店に出てきたんだよ」
といつものように元気に話すマスター。
「今度もう一軒お店をつくるから来てね!夢を実現するために借金してでも作りたいお店なんだ」
目をキラキラさせて熱っぽく語るマスターと「癌」という言葉が繋がらなくて。
「今、60歳。あと何年生きられるのかわからないけど、夢を追いかけ続けたい」という彼と笑顔で話しながら、私は心で泣いてしまいました。

彼はとにかく自分の美学をすごく強く持っている人。
「大事なのは気品だ。心の底に気品があれば、どんな馬鹿げた遊びをしてもそれは粋だけれど、気品がなければいくらお金があってもまったくダメ。料理もそう。店もそう。品のある粋な料理を出したいし、お店もそういう風にしたい。」と。
だから、彼のお店は、決して今風のオシャレな感じではないけれど、とても居心地が良く、そしてお料理はどれを頂いても奇をてらわないくらいの創意工夫がされていて、オリジナリティがあって、美味しくて・・・。

彼が25才の時に独立して六本木で開いたこのお店は35年も続いています。私が月一回歌っている赤坂のレストランカナユニもそうだけど、長く続いているお店にはオーナーの美学がすごく強く感じらるような気がします。

美学・・・・
そういえばこの間、知り合いのギタリストが「大事なのは、美意識だよね」って言ってたなぁ。
美意識、美学・・・
自分にとって大事なもの、これだけはゆずれないというもの。
自分がどうありたいか、美しいと感じるものは何か。
そういうことを「意識する」ことが大事。
ああいう風になりたい、こういう風になりたいと思って、それに向かって一生懸命になるのも大切なことかもしれないけど、まずは、自分の美意識を確認してみることが大事かもしれません。
そうすれば自ずと見えてくるものがあるし、方向性のブレも修正されるような気がする・・・・

自分にとって一番大事なことはなにかを、大好物の巻き揚げを食べながら(笑)あらためて考えてみました。そしてマスターのように芯のあるカッコイイ生き方をしたい!としみじみ思った私。
ココロにも体にも栄養たっぷりの夜になりました。

(2005.12)